平成16年度厚生労働科学研究費補助金 子ども家庭総合研究事業

       

 平成16年度総括研究報告書

日本における女性医療の課題に関する医療社会学的研究ならびに

性差を加味した健康度および生活習慣の測定手法の評価に関する研究

主任研究者 天野恵子 千葉県衛生研究所 所長

 

研究要旨

本研究は、2001年5月に鹿児島大学に、同年9月には千葉県立東金病院に「性差に基づく女性医療」を目指して開設された女性外来の全国的な展開を受け、平成14年度から16年度にかけ、女性外来のロールモデル作りと、女性外来担当医師のネットワークの構築、女性医師教育システムの構築、女性医療を支える女性医学分野でのエビデンス作りを目的とした。今年度は最終年度であり、@全国の女性外来の現状調査A女性外来担当医師への情報発信と教育提供の場としてのWEBサイト(http://www.nahw.org)におけるメーリングリストの立ち上げを行いB全国の女性外来患者を対象とする疫学調査のためのデータファイリングシステムの開発を進めC女性外来評価法構築のためのプレ調査、D全国9病院での処方内容調査、薬物動態研究、G循環器、高齢者医療、生育医療における性差研究を行った。「性差に基づく医療」の実践の場である女性外来は、既に全国47都道府県で立ち上げられており、近年の医学・薬学分野における性差医療・医学の浸透もあり、着実に性差に基づく女性医療ならびにエビデンス構築が根付き始めている。

 

分担研究者

上野光一  千葉大学大学院薬学研究院教授
太田壽城  国立長寿医療センター病院長
友池仁暢  国立循環器病センター病院長
名取道也  国立成育医療センター副院長

 

A. 研究目的

2001年5月に鹿児島大学に、同年9月には千葉県立東金病院に「性差に基づく女性医療」を目指した女性外来が開設された。女性外来はこれまでの医療の枠組みの中で十分に対応できていなかった女性の多種多様な問題にかかわっていくための専門外来として、女性たちから大きな支援を得て、日本全土で急速に普及し、2004年12月末で47都道府県全てに設置され、328施設を確認できている。一方で性差を考慮した医療の必要性も着実に医学・医療の分野に浸透しつつあり、性差と銘打っていなくとも、発表の中でデータを男性・女性と性別に解析することが当然となってきている。本研究は、「性差に基づく女性医療」の現場である女性外来の全国展開の現状調査、女性医師教育システムの構築、女性外来担当医師の全国ネットワークの構築、女性医療を支える女性医学分野でのエビデンス作りを目的とした。

 

B. 研究方法

1. 全国の女性外来の現状調査

2. 女性外来担当医師への情報発信と教育提供の場としてのWEBサイト(http://www.nahw.org)における運用

3. 全国の女性外来患者を対象とする疫学調査のためのデータファイリングシステムの開発と運用

4. 女性外来評価法構築のためのプレ調査

5. 全国9病院における処方内容調査ならびに薬物動態研究:当該研究のうち処方内容調査については千葉大学薬学研究院倫理審査委員会の疫学研究承認を得て行った。

6. 高齢者医療、生育医療における性差研究:調査の内容は、高齢者医療では高齢者の生活満足度、身体および日常生活機能、ライフスタイル、経済状況、社会活動、疾病および障害、健康管理の項目、生育医療では女性外来受診者の不安度、抑うつ度、身体状況にたいする認識、心身の状況にたいする総合認識であった。また調査にあたっては、主旨を文書にて説明し、守秘義務の遵守をうたった。データの取り扱いに関しては、個人名が同定できないように氏名をID番号に替えて分析した。

7. 女性外来患者を対象とした臨床研究「千葉県立東金病院女性専用外来の器質的疾患及び内分泌学的検討」ならびに「更年期障害とエストロゲン受容体多型との相関に関する臨床研究」:当該研究のうち遺伝子関連のものについては東金病院倫理審査委員会における審査を得て行い、患者には研究の主旨を文書ならびに口頭にて説明し、承諾書に署名していただいた後、研究に参加していただいた。データの取り扱いに関しては、個人名が同定できないように氏名をID番号に替えて分析した。


C. 研究結果

1.全国の女性外来の現状調査(性差に基づく女性医療のあゆみ:天野恵子):2004年12月末で47都道府県全てに設置され、328施設を確認できている。女性外来の質は医師・保健士の人柄とその力量によるが、全国の女性外来担当医師は平成14年12月より体系的な漢方とメンタルヘルスならびに生活習慣病に関する勉強会を継続し成果を上げている。漢方に関しては、じほうよりテキストとして「女性外来スターターキット」が発刊された。千葉県ではコメデイカルのための勉強会も東金病院を中心として持ち回り形式で行われ、本年3月には東金病院女性外来患者による「よりよい女性医療のための患者の会」が立ち上がった。

2.女性外来担当医師への情報発信と教育提供の場としてのWEBサイトにおける運用(性差医療情報ネットワークNAHW:松永晶子):現在、全国の女性外来情報ならびに海外ニュースが随時更新されており、女性外来に関する情報ソースとしては最も信頼が置けるサイトであり、ユーザーからのアクセス数が最も多い医療ウエブサイトである。ホームページならびにメイリングリストにより全国で展開されている女性医療関連のセミナーの紹介、予約申し込みをも行っている。年に1回学術集会を行い、女性外来担当医師の情報交換の場ともなっている。NAHWについては千葉支部が平成15年度に、東京支部が平成16年度に立ち上がり「性差に基づく女性医療」を目指した系統的な勉強会を展開している。

3.全国の女性外来患者を対象とする疫学調査のためのデータファイリングシステムの開発と運用(性差に基づく女性医療―患者調査・データファイリングシステム・遺伝子多型臨床研究:竹尾愛里):千葉県立東金病院を2001年〜2003年に受診した患者データを基として、全国の女性外来で共通に使用しうる使い勝手の良いデータファイリングシステム「女性外来患者データベース」の開発を行い、2004年のアクセス版による試行期間を経て、2005年よりWEB版の運用を開始している。病名に関しては将来電子カルテ中において利用できるようにするため、ICD10のコード番号と連携したソフトを構築した。全国10ケ所の施設に現在は無料配布され、試行を重ねている。データは最終的には千葉県衛生研究所に送付され、データ解析が行われることになっている。

4.女性外来評価法構築のためのプレ調査(東金病院における患者満足度調査:近藤正晃ジェームス):2004年に千葉県立東金病院の受診者を対象として、患者のニーズや満足度に及ぼす要因を検討する目的で、アンケートならびに面接による患者満足度調査を行った。受診者の7割が40歳代、50歳代の更年期世代であり、受診者が女性外来に期待するものには「医師との信頼関係」「性差に基づく医療」の2つの側面が見られ、前者については高い満足度が認められたのに対し、後者については患者の満足度は低く医師の技量・経験に大きく左右された。今回の調査から、医療連携等の更に検討されるべき項目も明らかとなり、2005年には千葉県から予算補助を受けている10施設について、患者満足度調査と機関評価を行う予定である。

7.全国9病院における処方内容調査ならびに薬物動態研究(医療薬の薬物動態における性差研究:上野光一):薬局に来局した女性患者に対する性差医療に関した意識調査、全国9病院における医療用医薬品の男女別処方実態調査ならびに遺伝子解析と薬物血中濃度からの動態性差に関する研究を行った。意識調査では、女性専用外来にはニーズがあり、特に更年期の患者での需要が高いことが示唆された。薬剤師に対しては、性差医療や女性専用外来に関する情報提供が望まれていることがわかった。処方については、調査した9医療機関においては、女性に処方されやすい薬剤の方が男性に処方されやすい薬剤よりも多かった。また、女性に処方されやすい薬剤では、中枢神経系用剤が多く、男性に処方されやすい薬剤では循環器官用剤が多いことがわかった。さらに、疾患における性差が処方薬剤に影響していることが示唆された。NAT2遺伝子には性差がないことが示唆された。メトトレキサートに関連する酵素にも性差がない可能性が考えられた。今後、他の遺伝子についても確認する必要があると考える。

8.高齢者医療、生育医療における性差研究(高齢者の生活実態調査に関する性差:太田壽城、女性外来受診患者の心の特性:名取道也)高齢者では、静岡県内の平成11年(1999年)10月1日現在65−84歳の高齢者22040人に対して生活実態調査を行った。ほとんどの項目で性差がみられた。また、年齢を前期高齢者、後期高齢者と分類したところ、男性の後期高齢者が平均寿命の前後の集団であり、女性の後期高齢者が平均寿命前の集団であるにもかかわらず、男性の後期高齢者は生活に満足しており自分が健康で体調がよくて将来に希望をもち、一人で外出できる割合(77.9%)が女性の後期高齢者の割合(59.4%)より有意に高かった。

国立生育医療センターの女性外来受診者を対象とした健康度調査では、女性外来受診患者は、その主訴により心理特性に大きな違いがあることが明らかとなった。不安感、抑うつ感はこころの問題を主訴とする群では有意に強く、内科的主訴を有する患者でも強い結果となった。自分の身体の機能に自信があるか、日常活動にたいし身体面から不安がないかとの、項目においてもこころの問題を主訴とする群、内科的主訴を有する患者の2つの群では有意に低い値となった。 総合的に自分の健康度を評価する項目として、健康感、バイタリティー、社会生活についての自信という3つの項目で評価した結果でも不妊を主訴とする患者でほぼ問題がなく、こころの問題、内科的問題を主訴とする群では低い数値となった。

9.女性外来患者を対象とした臨床研究(「千葉県立東金病院女性専用外来の器質的疾患及び内分泌学的検討」ならびに「更年期障害とエストロゲン受容体多型との相関に関する臨床研究」竹尾愛里):千葉県立東金病院女性専用外来に平成13年9月開設時より平成15年8月までの2年間で受診した879名について、主病名における診断及び骨代謝と甲状腺機能について分析した。診断は更年期障害が27.3%、気分障害などの精神疾患が24.2%、月経困難症、月経前症候群などの婦人科疾患が15.8%と多くを占めた。更年期障害や月経前症候群でも何らかの精神症状を示すことが多く、精神的な症状への対応が必要であることが明らかになった。器質的疾患は21.6%であり、悪性腫瘍を診断されたものも少なくなかった。不定愁訴を訴える患者の中に重大な器質的疾患が存在することがわかった。

千葉県立東金病院女性専用外来を更年期症状を主訴に受診した女性33名及びコントロールとして一般外来を受診しており、更年期症状を殆ど経験していない女性18名について、症状についてのインタビュー調査を行い、WAVE法を用いてCAリピート数を解析し、症状とリピート数との相関について解析した。CAリピート数は14から25まで分布し、18のものが最も頻度が高かった。CAリピート数は3種に分類した。Extremely short(E):13<E<18, Short (S) : 17<S<22, Long (L): 21<L<26。ゲノタイプとしては、EL, SS, SL, LLの4種類に分類された。SLは最も頻度が多く、自律神経症状、精神神経症状が軽度であった。これに比較して、SS, LL, ELでは症状が認められるものが多かった。SSでは自律神経失調症状が認められる頻度が高く(odd's ratio(OR):7.0; 95% 信頼区間(CI):1.25-39.15; P value (P)<0.05)、精神神経症状が認められることも多かった(OR:13.0; CI:1.44-117; P<0.01)。また、ELでもホットフラッシュ(P<0.05)、精神神経症状(P<0.05)が多く認められた。

 

D. 考察

1. 2001年5月に鹿児島大学に、同年9月に千葉県東金病院に女性外来が立ち上げられて以来、約4年が経過した。女性外来は千葉県での立ち上げ時から全国的展開を見た現在まで、開設には行政的指導が大きく関与しているケースが多い。国立病院での立ち上げ、県市町村立病院での立ち上げはもちろんのこと、千葉県では県の予算補助を得て、国保病院、社保病院、大学付属病院、私立病院などで女性外来が立ち上げられた。女性外来は「話を聞いて欲しい」「総合的に見て欲しい」「プライバシーに配慮して欲しい」「女性医師に見てもらいたい」「女性に特有の疾患についてきちんと説明してもらいたい」などの多様な女性受診者のニーズに応える形で、急速に日本全体に広がっていった。

相談と振り分けだけのものから、多くの科の専門医を取り揃えたOnestop Shopping Modelのものまで、地域の特異性、医療施設の都合などを背景に多様な女性外来が設立され、其の名称も「女性外来」「女性専用外来」「女性総合外来」「働く女性専門外来」など多様である。先行して立ち上げられた女性外来では、相談を主体とした振り分け外来が多かったようであるが、このような体制のものは、現在受診者が減りつつあり、曲がり角に来ている。

鹿児島大学で女性外来が立ち上げられた目的は「性差に基づく女性医療」の実現のために、診療を通して「従来置き去りにされていた女性の病態は?」「それの診断と治療そして予防法は」「疾病の背景にあるジェンダー問題は?」という疑問への回答を見つけていくことであり、いうまでもなく振り分け外来では其の答えは見つからない。一人の患者を最初から最後まで、患者に寄り添い、傾聴を心がけ、患者の本質的問題点を明らかにした上で、医学的治療で治る場合もあれば、社会的問題まで踏み込まなければ解決しないことも多い。そのようなケースでは、コメデイカル(臨床心理士、看護士、保健士、薬剤師、助産士、臨床検査技師、放射線技師等)のみならず地域の開業医、保健所のスタッフ、DVセンターのスタッフなどとのネットワークも欠かせない。

千葉県モデルでは、知事の指導のもと千葉県下の全地域で拠点病院に女性外来が立ち上がり、14の千葉県健康安全センター(旧保健所)で女性医師による健康相談と保健士、精神相談員による相談も同時並行で行われている。健康安全センターでは年間約1500件の相談を受け付けている。各女性外来は未だ予約が数ケ月先という状態も同じである。しかし、東金病院女性外来受診者の患者満足度調査でも明らかなように、患者満足度の高さは「30分診療」「女性医師の診療」のもたらす効果であり、未だ性差医療が満足に提供されているわけではない。

性差医療が患者の満足度を高めるまでになるためには、まず、性差にもとづく医療の基礎となるエビデンスが必要で、この点で日本における現状は貧弱なものである。幸いにも医療・医学の分野では「性差を見る視点」は確実に広がりつつあり、今後エビデンスは確実に増えていくと考えられる。エビデンスの構築とともに、エビデンスの医学教育への盛り込み、性差医療の実践者としての人材育成が次のステップとして必要であり、性差医療・医学研究会は性差医療の教育ならびに研究を目的として立ち上げられ、順調に其の実績を伸ばしつつある。

また、性差医療情報ネットワークは現場で働く女性医師間のネットワーク構築と性差医療を学ぶ機会の提供を目的としている。メイリングリストも完成し、豊富な海外情報とセミナーの提供、勉強会から生まれた漢方テキストの完成など女性医療を担当する医師へのインフラが充実しつつある。

国立医療センター2施設(国立長寿医療センター、国立生育医療センター)からの報告も究めて示唆に富むものであった。高齢者生活実態調査では70歳代後半という男性では平均寿命、女性では平均寿命未満の年齢層を男女で比較した場合、男性に比し、女性のQOLが低いことが明らかとなった。男性に比べて、女性は健康寿命という点では、不健康な期間が長く、これは女性の筋骨格系の虚弱化が男性に比べて著しく進行するためで生物学的性差と思われる。また、老年期は、生きる目的を奪われ、死に直面しつつ生きることの目的を考えさせられる、いわば衰退、喪失の時期である。この不安感は男性に比べて女性が高く、寂しさを感じ、無力感、気分の落ち込みも多かった。さらに男性が趣味をもって老後の生活を元気に生きているのに比し、女性は、自ら身体的な支障がみられてもなお家事全般を背負うことが多く、不定愁訴、睡眠障害に悩まされている人も多かった。これらは男性が社会に出て、女性は家庭を守るという社会的性差を反映していた生活習慣の結果と思われた。

医療を支える大きな柱である薬学の分野でも、性差はトピックスとなっている。医療薬の薬物動態における性差研究が行われるようになってきた。処方される薬からみても男性と女性では大きな差があり、調査した9医療機関においては、女性に処方されやすい薬剤の方が男性に処方されやすい薬剤よりも多かった。また、女性に処方されやすい薬剤では、中枢神経系用剤が多く、男性に処方されやすい薬剤では循環器官用剤が多いことがわかった。疾患における性差が処方薬剤に影響していることが示唆された。

東金病院女性外来の現場でも、受診者の1/4半数は精神科系主訴であり、更年期障害と診断された患者の多くが、いらいら、不安、怒り、抑うつなどの精神症状を主としている。明らかに男性と女性のライフサイクルにおける疾病構造には違いがあるわけで、この点を十分に意識した健康指導が必須である。そのためのガイドラインの作成が急がれるが、今回作成された「女性外来患者データベース」は、女性疾患特有の詳細な項目設定、簡便な操作性、2次利用による統計解析が可能であり、全国の女性外来からのデータを積み上げることにより、女性医療における、エビデンスの構築、すなわち、症状と疾患との相関や、検査値の分布に関する解析、有効治療のガイドラインの構築を可能とすると考えられる。また、新しい疾患概念が生み出されるものも複数存在するものと期待される。

 

E. 研究発表

1.論文発表

1. 竹尾愛理 天野惠子 川嶋裕子 柴田美奈子 大本由樹 花澤佳子 龍野一郎 齋藤 康 平井愛山 女性専用外来における器質的疾患及び内分泌検査についての検討 日本内科学会雑誌 第93巻 臨時増刊号 222,2004

2. Chikari Takeo, Etsuko Negishi, Aya Nakajima, Koichi Ueno, Ichiro Tatsuno, Yasushi Saito, Keiko Amano, and Aizan Hirai Association of Estrogen Receptor β gene Polymorphism with Menopausal Symptoms Gender Medicine, submit

2. 学会発表

 

F. 知的財産権の出願・登録状況

 

1.特許取得:なし

2.実用新案登録:なし

3.その他