平成17年度厚生労働科学研究費補助金 子ども家庭総合研究事業
分担研究報告書

U-(1)

女性専用外来における全血セロトニン測定の重要性

平成17年度 総括研究年度終了報告書

主任研究者   天野恵子(千葉県衛生研究所)

研究要旨

女性外来患者においてセロトニンの全血法による測定を行い、大うつ病性障害、線維筋痛症等、セロトニンの異常をきたすと考えられる疾患において全血法測定によるセロトニン値が診断ならびに経過観察指標として有用か否かを検討した結果、以下の知見が得られた。
@ 全血法によるセロトニン値と疾患との間に関連性があることが示唆された。代表疾患と
しては大うつ病性障害、気分変調性障害、線維筋痛症、セロトニン減少によると思われる病態が確認された。
A 他に病因の説明がつかない不定愁訴患者、子どもへの虐待を制止することのできない母
親、著明な身体症状を伴う身体表現性障害患者においてセロトニンが極端に低値であったことからSSRI,SNRIによる治療を行ったところ、良好な結果を得た。このような症状の起因としてセロトニンの低下が考えられる。このような症例群を「セロトニン減少症候群」と呼ぶことを提案したい。
B 更年期症状の一つとして、抑うつ症状を呈する症例があるが、このような症例では大う
つ病性障害、気分変調性障害と異なり、セロトニン値の低下を見ない。
C 他院にてSSRI,SNRIを投与され、セロトニン症候群をきたした症例では、セロトニン
値が正常高値であることが確認された。
今回得られた知見については、追試による更なる検討が必要であるが、女性外来で遭遇する疾患における症状の発現にセロトニンの低下が究めて密接に関与している可能性がある。

A. 研究目的

セロトニンは神経伝達物質としてトリプトファンを原料として合成され、セロトニン神経は縫線核、前頭葉皮質、基底核、大脳辺縁系などに位置し、気分や不安、食欲や睡眠などさまざまな機能に関与しており、うつ病などで低下していると言われる。

一方、近年、本邦でも圧倒的に女性に多く見られ、広い範囲での慢性疼痛を訴える線維筋痛症の存在が認識され始めたが、其の診断は1990年に米国リウマチ学会によって提示された分類基準にのっとり「広範囲な疼痛が3ケ月以上継続し、特異な18ケ所の圧痛点の中11ケ所以上で疼痛を認めるとき」線維筋痛症とする。検査所見は時にCPKが高値を示すことがあるが、ほかに特異的な検査所見は無い。

本症の真の病因は不明であるが、痛みのメカニズムとして、セロトニンの関与が示唆されており、脊髄中のセロトニンの低下が見られるとの報告があり、実際に治療の上ではSSRI、SNRIが非常に有効な症例が多い。何らかの方法でセロトニンを測定することにより、線維筋痛症の診断を容易にできないかと考えたが、成書によればセロトニンについては「5HTは末梢に其の大半が存在し、血液、あるいは尿中の5HT量を測定することにより末梢5HTの動態および病態を知ることができるが、脳血液関門を通過できないので脳機能は末梢5HTの影響をほとんど受けない。それゆえ、中枢5HTの変動を知るためには、血中および尿中5HTの測定だけでなく、脳脊髄中の5HTおよびその代謝物5HIAAの測定が必要である」との記載があり、脊髄液での測定をせずには正確な効果判定を行いがたいと当初は考えられた。

しかし、検索を続ける中で、2002年に東北大学のwakayamaらにより脳におけるBlood Brain Barrierにセロトニントランスポーターが存在することが報告され、東邦大学の有田らがセロトニンを産生しうる臓器としての消化管ならびに肝臓と腎臓を摘除した動物の研究から、脳で産生されたセロトニンが血液中に放出されることを確認していることを知った。本研究は、女性外来患者においてセロトニンの全血法による測定を行い、脊髄液でのセロトニン測定に代わる方法として、全血法を用いることが女性に特有な疾患の診断において有用か否かを検討する。

B. 研究方法

対象は2003年10月から2005年4月までに千葉県立東金病院女性外来を受診し、天野による診察を受けた連続147名である。セロトニンの全血法による測定はテイーエスエル(株)に外注した。同社による検査方法は下記のとおりである。

測定法:HPLC高速液体クロマトグラフィー
測定原理:過塩素酸により除蛋白した上清を逆相分配カラムにて分離し、蛍光光度計で測定する。
基準値:57-230 ng/ml
検査材料および必要量:血液(EDTA-2Na加)1.0ml
採取および保存条件:EDTA-2Na入り専用容器を使用する。保存条件は凍結保存(絶凍)

C. 研究結果

全症例の診断名ならびに年齢・セロトニン値を表1に示す。測定者の年齢は22歳から80歳にわたっている。セロトニン値は0から297ng/mlまで分布し、56ng/ml以下で、基準正常値より低値を示す症例は32名であった。疾患としては、線維筋痛症例6例中5例で、一桁台の低値を示し、これらの症例では全例SSRIが有効であった。若年女性の1例で、他の症例と異なり、初診時セロトニン値が153ng/mlと高値を示した症例があった。この症例では、SSRIの投与は、動悸のほか患者の気持ちが落ち着かず、部屋の中を歩き回るなどの不穏な行動を惹起したため、患者自らが服薬を中止した。本症例は、基本的には補中益気湯と桂枝加朮附湯、ノイロトロピンを投与した。症状悪化時にはステロイドが有効であった。しかし、職場を退職したことにより状況が改善し、転職後の職種が本人の希望に合致したこと、家族の理解と支援が得られるようになったことなどが病態の改善に非常に有効で、1年で体調の回復を見た。

DSM-Wの基準に基づいて診断された大うつ病性障害症例9例では、初診時全例でセロトニン値は基準値以下であった。6例は他院にて既にSSRIが投与されていたが、セロトニン値は6例中3例が一桁台、残る3例では各々19ng/ml,45ng/ml,48ng/mlであった。新規発症例3例は、全例一桁台であり、SSRIが著効した。

大うつ病性障害以外の精神疾患として分類した12例中5例でセロトニン値が基準値以下であった。5例の内訳は4例が2年以上の経過を有する抑うつ状態を呈する気分変調性障害で、背景は、主人の背信によるもの2例、弟の非業の死によるもの1例、同居人とのトラブルによるものが1例である。他の1例は、頭痛、手がこわばる、疲労感、両腕のしびれ、物忘れなどの内科的症状を有するものの、子どもへの虐待をとめることができないことを主訴としていた。そのうち3例にSSRIを投与し症状の改善を得た。他の2例は漢方薬(抑肝散加陳皮半夏)で完治した。残るセロトニン値の低下を認めなかった7例の内訳は、パニック障害3例、強迫神経症2例、心的外傷後ストレス症候群1例と手首自傷症候群1例である。

微小血管狭心症23例中4例でセロトニン値が基準値以下であった。セロトニン値が一桁台の2例では通常のヘルベッサーRの投与にSSRIを追加し、著効をみた。そのほか、更年期(のぼせ)の2症例(HRTが有効)、偏頭痛の1例、分類不能例4例でセロトニン値が基準値以下であった。分類不能の低値例4例は、1例は正常血圧内(収縮期血圧が110mmHgから140mmHg)であるにもかかわらず、20mmHg前後の血圧の上昇で発作性の血圧上昇感と不安感、頭痛、えもいわれぬ身の置き所のなさを訴える症例で、当初は更年期障害と考えられ治療が進められていたが、効果がはかばかしくなく、セロトニン値の結果が判明した時点で、SSRIを開始したところ、血圧が安定し、体調の急速な改善をみて、全快した。

他の1例は後頭部から頚部にかけての痛みと強い冷えが主訴であり、1例は膝の疼痛に起因する看護業務への支障からくる抑うつ状態と頻尿を訴える1例であった。2例ともSSRIが非常に有効であった。残る1例は先天性障害児を抱えたCOPDの患者で、気管支肺炎で入院を繰り返していた症例であるが、SSRI投与により健康感の上昇があり、入院を繰り返すことがまったく無くなった。

各々の疾患群でのセロトニンの平均値と標準偏差、95%タイルを表2-a図1に示す。内因性うつ病、線維筋痛症、セロトニン低下が病態の主体と考えられた分類不能の不定愁訴群(セロトニン減少症)での、セロトニン低下が明白であった。更年期症状を主訴として来院した患者を“のぼせ、ほてり(血管運動)”、“鬱・不安(精神)”、“動悸、発作性高血圧、胸部圧迫感など(循環器)”、“皮膚症状、関節痛などのそのほか”にわけて比較検討したが、4群間でセロトニン値には有意な差を認めなかった(表2-b図2)。また、疾患別のセロトニン値について、一元配置分散分析法による有意確率検定を行ったが、大うつ病性障害ならびにセロトニン減少症と他の疾病との間に明らかな有意差が認められた。

D. 考察

今回の検討により、女性外来を受診した患者において、血液中のセロトニン値の低下が明らかな疾患群があった。セロトニン神経細胞の分布をまず振り返ってみると、セロトニン神経の細胞体は、脳の正中部に分布するという点でユニークである。多くの神経系が両側に分布するのとは異なり、正中に位置する。そのことは、生命活動の根幹と深く関連した特別の神経系であることを考えさせる。発生学的に最も古い脳である脳幹の正中部に縫線核群があり、そこにセロトニン細胞は分布する(図3上段)。

縫線核群は尾側と吻側(背側)に大別される。尾側縫線核群は延髄腹側に分布し、不確縫線核・淡蒼縫線核・大縫線核に分けられる。それらの軸索は脊髄を下行し、各神経細胞に投射する(図4)。吻側の縫線核群は中脳の背側に分布し、背側縫線核・正中縫線核などに分けられる。ここからの軸索は、小脳・中脳・間脳・辺縁系・大脳皮質などに投射し(図3下段)、後述するように、各種の生理機能に影響を与える。

【脊髄】
脊髄への投射では、頸髄・胸髄・腰髄など各レベル毎に分布の微妙な違いがある。すべてに共通な点は、脊髄後角の表層部への分布と、前角の内側部への分布である(図4)。前者は痛覚伝導への中継部位であり、セロトニン神経は内因性の鎮痛作用に関係する。後者(脊髄前角の内側部)は体幹部の筋群を支配する運動ニューロンの部位であり、それらに対する促通効果がある。胸髄では側角にも密な分布があるが、ここには交感神経節前細胞があり、血圧調節の機能に関係する。

【延髄】(図3下段の右端の図譜
延髄レベルでは、内臓からの求心性神経が投射する孤束核に密な投射があり、嘔吐調節の点で関心が持たれている。呼吸中枢の一部を構成する疑核にもセロトニン終末の分布があり、睡眠時無呼吸との関連で検討されている。

【小脳】
小脳へのセロトニン神経の広範な投射は運動の同期化 synchronization に関わり、運動失調 ataxia の病態と関係する。

【中脳】
セロトニン細胞の局在する縫線核群自身にも密なセロトニン終末の分布があり、これは自己抑制による自動調節機能を担う。

【視床下部】
外側野・腹内側核・室傍核などにセロトニン神経からの投射がある。これらの諸核は本能行動や自律神経調節に関わるが、特に、食欲調節(肥満)との関係で注目されている。また、視交叉上核への投射は、サーカディアンリズムとの関連で興味深い。

【大脳辺縁系】
情動の中枢である扁桃体に密な分布があり、セロトニンによる抗不安作用という面で関心が高い。海馬にも分布があるが、記憶や学習との関係は弱く、脳波のθ波発生との関連で研究がある。

従来の内科的診断分類では分類不能な症例で、セロトニン値が低く、SSRIにて著明な改善を呈したものをセロトニンの減少による病態ととらえ「セロトニン減少症候群」と名づけたが、これらの症例ならびに、大うつ病性障害で、他の主訴で女性外来を受診する症例と比較検討した結果、明らかにセロトニン値の低下が認められ、このような症例ではSSRIが極めて治療として有効である。

当初、本研究の主目的とした線維筋痛症例でのセロトニン値の低下については、1例のセロトニン値正常例の存在により、一元配置分散分析法による有意確率検定では、他の疾病との間に明らかな有意差は検出されなかった。この一例を疑診例として解析に組み込まない場合には有意な差となる。

この症例は若年女性で、他の症例と異なり、初診時セロトニン値が153ng/mlと高値を示し、SSRIの投与は、動悸のほか患者の気持ちが落ち着かず、部屋の中を歩き回るなどの不穏な行動を惹起したため、患者自らが服薬を中止した。本症例は、基本的には補中益気湯と桂枝加朮附湯、ノイロトロピンを投与した。症状悪化時にはステロイドが有効であった。しかし、同時に、職場を退職したことにより状況が改善し、転職後の職種が本人の希望に合致したこと、家族の理解と支援が得られるようになったことなどが最も病態の改善に有効であったと考えられた。経過1年で体調の回復を見た。

この症例が他の線維筋痛症例と異なるカテゴリーに入るものなのかどうかは今後、線維筋痛症について更に症例を重ね、アメリカリュウマチ学会分類基準による診断の是非についても考えると同時に、セロトニンの低下が原因なのか、長期の疼痛経験による結果なのかの判断が問われる。

E.結論

セロトニンの異常をきたす疾患としては、セロトニンが高値を示すものとして、カルチノイド症候群、ダンピング症候群、片頭痛(発作前)などが挙げられ、低値を示すもとしては、うつ病、片頭痛(発作中)などが従来挙げられている。
今回女性外来の患者検討において、

@全血採血によるセロトニン値と疾患との関連性が示唆された。代表疾患としては、線維筋痛症、うつ、セロトニン減少症が挙げられる。
A他に病因の説明がつかない不定愁訴患者(血圧の不安定化を伴うことが多い)、子供への虐待の症例、著明な身体症状を伴う心身症患者で、セロトニンが極端に低値である症例をセロトニン減少によるものと考え、SSRI、SNRIの投与を行った。その結果、良好な効果を得、これらの症状を呈した群をセロトニン減少症候群と名づけた。
B更年期症状の一つとして、軽いうつを呈する症例があるが、このような症例では典型的なうつの症例と異なり、セロトニンの低値は認められなかった。
C他院においてSSRI、SNRIを投与され、セロトニン症候群をきたした症例では、セロトニン値が正常または高値であることが確認された。

文献:有田 秀穂:CLINICAL NEUROSCIENCE別冊 Vol.16 No.5 480-481,199

F.健康危険情報 

なし

G.研究発表

2005年4月1日 第78回日本内分泌学会学術爽快で発表

H.知的財産権の出願・登録状況

1.特許取得 
なし
2.実用新案登録 
なし
3.その他  
なし

図表

 

表1 全症例の診断名、年齢、セロトニン値

 


 

 

表2-a  疾患別セロトニン値(全症例)



 

 

表2-b  更年期症例における症状別セロトニン値


 

 

表3-a  一元配置分散分析法による疾患別有意確率検定(Dunnett T3法)


 

 

 

表3-b 一元配置分散分析法による更年期内容別有意確率検定(Bonferroni法)

 

図1 セロトニン値疾患別分布(平均値+標準偏差)

 

 

 

 

図2  更年期症例の症状別セロトニン値(平均値+標準偏差)

 

 

 

 

図3  上段) セロトニン神経の脳幹内分布とその軸索投射様式
下段) 4つの代表的な脳レベルにおけるセロトニン神経終末の分布密度
(動物はラット。文献1を修正。)

 

 

 

 

 

図4  各脊髄レベルにおけるセロトニン神経終末の分布密度