今回の検討により、女性外来を受診した患者において、血液中のセロトニン値の低下が明らかな疾患群があった。セロトニン神経細胞の分布をまず振り返ってみると、セロトニン神経の細胞体は、脳の正中部に分布するという点でユニークである。多くの神経系が両側に分布するのとは異なり、正中に位置する。そのことは、生命活動の根幹と深く関連した特別の神経系であることを考えさせる。発生学的に最も古い脳である脳幹の正中部に縫線核群があり、そこにセロトニン細胞は分布する(図3上段)。
縫線核群は尾側と吻側(背側)に大別される。尾側縫線核群は延髄腹側に分布し、不確縫線核・淡蒼縫線核・大縫線核に分けられる。それらの軸索は脊髄を下行し、各神経細胞に投射する(図4)。吻側の縫線核群は中脳の背側に分布し、背側縫線核・正中縫線核などに分けられる。ここからの軸索は、小脳・中脳・間脳・辺縁系・大脳皮質などに投射し(図3下段)、後述するように、各種の生理機能に影響を与える。
【脊髄】
脊髄への投射では、頸髄・胸髄・腰髄など各レベル毎に分布の微妙な違いがある。すべてに共通な点は、脊髄後角の表層部への分布と、前角の内側部への分布である(図4)。前者は痛覚伝導への中継部位であり、セロトニン神経は内因性の鎮痛作用に関係する。後者(脊髄前角の内側部)は体幹部の筋群を支配する運動ニューロンの部位であり、それらに対する促通効果がある。胸髄では側角にも密な分布があるが、ここには交感神経節前細胞があり、血圧調節の機能に関係する。
【延髄】(図3下段の右端の図譜)
延髄レベルでは、内臓からの求心性神経が投射する孤束核に密な投射があり、嘔吐調節の点で関心が持たれている。呼吸中枢の一部を構成する疑核にもセロトニン終末の分布があり、睡眠時無呼吸との関連で検討されている。
【小脳】
小脳へのセロトニン神経の広範な投射は運動の同期化 synchronization に関わり、運動失調 ataxia の病態と関係する。
【中脳】
セロトニン細胞の局在する縫線核群自身にも密なセロトニン終末の分布があり、これは自己抑制による自動調節機能を担う。
【視床下部】
外側野・腹内側核・室傍核などにセロトニン神経からの投射がある。これらの諸核は本能行動や自律神経調節に関わるが、特に、食欲調節(肥満)との関係で注目されている。また、視交叉上核への投射は、サーカディアンリズムとの関連で興味深い。
【大脳辺縁系】
情動の中枢である扁桃体に密な分布があり、セロトニンによる抗不安作用という面で関心が高い。海馬にも分布があるが、記憶や学習との関係は弱く、脳波のθ波発生との関連で研究がある。
従来の内科的診断分類では分類不能な症例で、セロトニン値が低く、SSRIにて著明な改善を呈したものをセロトニンの減少による病態ととらえ「セロトニン減少症候群」と名づけたが、これらの症例ならびに、大うつ病性障害で、他の主訴で女性外来を受診する症例と比較検討した結果、明らかにセロトニン値の低下が認められ、このような症例ではSSRIが極めて治療として有効である。
当初、本研究の主目的とした線維筋痛症例でのセロトニン値の低下については、1例のセロトニン値正常例の存在により、一元配置分散分析法による有意確率検定では、他の疾病との間に明らかな有意差は検出されなかった。この一例を疑診例として解析に組み込まない場合には有意な差となる。
この症例は若年女性で、他の症例と異なり、初診時セロトニン値が153ng/mlと高値を示し、SSRIの投与は、動悸のほか患者の気持ちが落ち着かず、部屋の中を歩き回るなどの不穏な行動を惹起したため、患者自らが服薬を中止した。本症例は、基本的には補中益気湯と桂枝加朮附湯、ノイロトロピンを投与した。症状悪化時にはステロイドが有効であった。しかし、同時に、職場を退職したことにより状況が改善し、転職後の職種が本人の希望に合致したこと、家族の理解と支援が得られるようになったことなどが最も病態の改善に有効であったと考えられた。経過1年で体調の回復を見た。
この症例が他の線維筋痛症例と異なるカテゴリーに入るものなのかどうかは今後、線維筋痛症について更に症例を重ね、アメリカリュウマチ学会分類基準による診断の是非についても考えると同時に、セロトニンの低下が原因なのか、長期の疼痛経験による結果なのかの判断が問われる。