平成17年度厚生労働科学研究費補助金 子ども家庭総合研究事業
分担研究報告書

U-(6)

不妊を主訴とする女性患者と男性患者の心理特性の性差

分担研究者 名取 道也 (国立成育医療センター 副院長)

研究要旨

不妊を主訴とする患者の性差を心理面から検討した。不安、抑うつに関する計測をHADSを用いて、またQOLに関する計測をSF36を用いて外来初診時に行った。女性患者は男性患者に比較して抑うつ状態にあり、QOLについても、日常役割機能(身体)、体の痛み、全体的健康感、社会生活機能の4項目で女性不妊患者は男性不妊患者より低い数値を示した。

不妊を主訴とする女性患者は、何らかの痛みを伴う身体症状の出現に関連して、身体面及び精神面から社会や家庭生活における日常的な仕事が充分にできていないとの認識を持つ頻度が高いことが明らかとなった。今後不妊患者の持つ心理特性が、妊娠した後、出産から育児に向けての行動に影響する可能性があるか、などの課題を解決する必要がある。

最終的には不適切養育に関してリスクを有するカップルをスクリーニングして、性差を考慮した適切な介入方法が明らかとなることが期待される。

A. 研究目的

妊娠、出産、育児の過程において両親特に母親は時に大きな心理的負担を背負う。この負担にたいする反応には大きな個人差があり、場合によっては最近大きな社会問題となっている虐待などの行動につながりかねない。

本研究は、妊婦の心理特性を調査して適切な介入を行なうことが不適切な養育の防止に有効であるかを研究し、育児にたいする適性からみたメンタルケアーのありかたを目的とするものである。本年度は女性不妊患者の心理特性を男性不妊患者のそれと比較することを目的として研究を行なった。

B. 研究方法

心理特性の調査はこころの状態(不安・抑うつ度)の計測にHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)、QOLをSF36V1.2を使用して計測を行なった。

不妊を主訴とする女性患者の心理特性データは、成育医療研究委託事業;女性医療の基盤整備に関する研究(15指−2)分担研究報告(分担研究者:高松 潔、斉藤英和、村島温子、笠原麻里)から許可を得て使用した。対象は平成15年に当センター女性総合外来を受診した患者で、アンケート回答に同意を得た患者のうち、不妊を主訴とした30例の患者データである。

不妊、勃起不全を主訴とする男性不妊患者のデータは、平成17年に荻窪病院泌尿器科男性不妊外来を受診した患者のうち、同意を得られた46名の患者の回答を解析して作成した。なお調査は初診時に行い対照とする女性患者の初診時のデータと比較を行った。

不妊を主訴とする男性と女性から得られた数値の比較は、一元配置分散分析を用いp<0.05を持って有意とした。

C.研究結果


(1)男性不妊外来受診者の主訴および背景因子の検討
問診表から有効な回答が得られた症例は46名であった。8名がEDを主訴とし、38名は不妊を主訴とする患者であった。受診者の年齢分布は24歳〜48歳、Mean±SDは 36.2±6.1歳であり、35〜40歳の受診者が最も多かった。すでにこどもを持つ患者は4名でうち3名はEDを主訴として来院している。対照とした女性不妊患者の年齢は34.7±7.63歳であり差を認めなかった。
回答41名中喫煙者は19名(46%)、飲酒は回答42名中30名(71%)であった。身長、体重の平均値はそれぞれ173cm、71Kgであり、身長の分布には特徴は認められなかったが、体重では33%がBMI25以上の肥満を示す患者であった。

(2)不安と抑うつのスコア
初診時のHADSを解析し、男性不妊外来受診者の不安と抑うつを検討した。不安スコアは7.1±3.5、抑うつスコアは3.4±0.4、HADS(総スコア)は11.7±6.4であった。
  これらの数値を、不妊を主訴とする女性患者と比較した。女性不妊患者では不安スコアは6.3±3.7、抑うつスコアは5.8±3.8、HADSは12.3±7.3であった。不安スコア及び総スコアでは差を認めず、抑うつスコアは男性不妊群で有意に低かった(図1)。
一方、不安について精査すべきとされる11点以上のdefinitive case は男性群で7例(15.2%)、女性群で3例(10%)であった。一方、抑うつに関してはdefinitive case は男性群で1例もなく、女性群で4例(13%)に認められた。

(3)QOLスコア
  QOLの計測に用いたSF36は、身体機能(PF)、日常役割機能(RP)、体の痛み(BP)、全体的健康感(GH)、活力(VT)、社会生活機能(SF)、日常生活機能(RE)、心の健康(MH)の8項目からなる。各項目における両群の点数分布を図2〜9に示す。
これら8項目のうち、男性と女性で有意な差を認めたものは日常役割機能、体の痛み、全体的健康感、社会生活機能の4項目で、全て女性不妊患者に比較して男性患者が高い得点を得ている。

(4)国民標準値との比較
  日本人の性別、年齢階級別の標準値が示されているが、本研究集団の最頻である30歳〜39歳の階級におけるQOL尺度8項目の数値との比較を行った。なお女性患者では全体の53.3%、男性患者では60.9%を占める年齢階級である。
  図10に8項目の平均値の比較を示す。

 

D. 考察

(1)HADSの性差
  不妊を主訴とする患者において、抑うつ状態においては、女性不妊患者は男性不妊患者に比較して高い抑うつ状態であることが示された。この理由の解析は行なっていないが、不妊症にたいする感情、言い換えればこどもが欲しいという気持ちは一般的には女性のほうが強い。またこどもができない責任を感じる感情も女性に強いと推測される。さらには当センター女性外来へ不妊を主訴として来院した患者は、すでに他の医療施設で診療を受けた結果満足を得ていないケースが多く、この面にも男性不妊患者との差を生んだ理由があると想定される。

(2)QOLスコアの性差
  日常役割機能(身体)、体の痛み、全体的健康感、社会生活機能の4項目で男性不妊患者は女性不妊患者より高い数値を示した。
  上記4項目は、体の痛みやこころの状態の影響で、仕事や人との付き合いなどの普段の活動が思い通りにできたかを問うもので、総合的にみて自分が健康であるかの認識も確認している。結果は、不妊という病状を有する女性では男性よりも健康感が小さいとの結果であった。

一方差のなかった項目は身体機能、活力、日常役割機能(精神)、心の健康の4つであった。

これらの結果を総合すると不妊を主訴とする女性では、原因は別として何らかの痛みを伴う身体症状が出現しており、その結果として健康感に乏しく、場合によっては日常生活における仕事や他人との付き合いに影響していることがうかがえる。

男性では日常役割機能(身体)と社会生活機能の正相関が高く(r=0.7538)、女性では心の健康値が全体的健康感、活力、日常役割機能(精神)との間でr=0.8010、r=0.9364、r=0.7212と高い正の相関を認めた。すなわち不妊を主訴とする女性では、総合的健康感はこころの健康に関連する認識と強く結びついていることを示している。一方男性患者ではこの関係は薄く、身体面からみて日常の役割を果たすことが可能であることと社会生活を全うしているとの認識の間に強い関係がある。

(3)国民標準値との比較
  図10にQOL尺度の平均値を国民標準値と比較した結果を示した。男性患者においては、心の健康項目が低値を示した以外は、標準値と差はなかった。一方女性患者においては、特に日常役割機能において身体面でも精神面でも低い値を示した。これは社会や家庭生活において日常的な仕事が充分にできていないとの認識を持っているとの特徴を示している。

(4)これからの展開
我々の知る範囲では男性不妊患者の心理特性を研究した論文はない。この研究の中で、不妊を主訴とする男性患者という集団におけるQOL認識は標準的集団とそれほど大きな違いがないことが明らかとなった。一方不妊を主訴とする女性患者においては、男性患者と異なり、高い抑うつ状態にあり、痛みを伴う身体症状から健康感に乏しく、日常生活における仕事や他人との付き合いに影響しているとの認識を持っている。
  女性不妊患者が上記のような心理状態にある可能性を認識して医療を行うことは多くの利点がある。一つには不妊患者の診療には夫婦双方の協力が不可欠であり、不妊の原因が男性、女性またはその両方のいずれであったとしても、女性患者との間の信頼関係を構築する上で重要な情報となる。
  次には最近の不妊医療の進歩により、不妊カップルの多くが期待通り妊娠、出産、育児の機会を得ることが可能となっている。不妊患者が妊娠した後、出産から育児に向けての心理が非不妊患者と違いがあるのか、またそれは育児に影響する可能性があるか、などの課題を解決する必要がある。最終的には不適切養育に関してリスクを有する妊婦をスクリーニングして、適切な介入方法を発見することが期待される。


E.結論

不妊を主訴とする女性患者は男性患者に比較して抑うつ感が強く、QOLに関しての意識についても、何らかの痛みを伴う身体症状の出現に関連して、身体面及び精神面から社会や家庭生活における日常的な仕事が充分にできていないとの認識を持つ頻度が高いことが明らかとなった。

F.研究協力者

大橋正和(荻窪病院)

G.参考文献

1)池上直己、他編:臨床のためのQOL評価ハンドブック、医学書院:34-44、2001
2)Fukuhara S, Bito S, Green J, Hsiao A, and Kurokawa K: Translation, adaptation, and validation of the SF-36 Health Survey for use in Japan. J Clin Epidemiol 51(11):1037-1044, 1998
3)Fukuhara S, Ware J E, Kosinski M, Wada S, Gandek B: Psychometric and clinical tests of validity of the Japanese SF-36 Health Survey.J Clin Epidemiol 51(11):1045-1053, 1998
4)立森久照、他:日本語版Client Satisfaction Questionnaire8項目の信頼性及び妥当性の検討、精神医学41(7):711-717、1999
5)福原 俊一、鈴鴨 よしみ、尾藤 誠司、黒川清.
SF-36日本語版マニュアル(ver.1.2):(財)パブリックヘルスリサーチセンター、東京、2001
6)高松 潔、斉藤英和、村島温子、笠原麻里:成育医療研究委託事業;女性医療の基盤整備に関する研究(15指−2)分担研究報告

H.健康危険情報

なし

 

I.研究発表

1. 論文発表
なし
2. 学会発表
なし

J.知的財産権の出願・登録状況
   (予定を含む)

1. 特許取得
なし
2. 実用新案登録
なし
3. その他
  なし

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