(1)HADSの性差
不妊を主訴とする患者において、抑うつ状態においては、女性不妊患者は男性不妊患者に比較して高い抑うつ状態であることが示された。この理由の解析は行なっていないが、不妊症にたいする感情、言い換えればこどもが欲しいという気持ちは一般的には女性のほうが強い。またこどもができない責任を感じる感情も女性に強いと推測される。さらには当センター女性外来へ不妊を主訴として来院した患者は、すでに他の医療施設で診療を受けた結果満足を得ていないケースが多く、この面にも男性不妊患者との差を生んだ理由があると想定される。
(2)QOLスコアの性差
日常役割機能(身体)、体の痛み、全体的健康感、社会生活機能の4項目で男性不妊患者は女性不妊患者より高い数値を示した。
上記4項目は、体の痛みやこころの状態の影響で、仕事や人との付き合いなどの普段の活動が思い通りにできたかを問うもので、総合的にみて自分が健康であるかの認識も確認している。結果は、不妊という病状を有する女性では男性よりも健康感が小さいとの結果であった。
一方差のなかった項目は身体機能、活力、日常役割機能(精神)、心の健康の4つであった。
これらの結果を総合すると不妊を主訴とする女性では、原因は別として何らかの痛みを伴う身体症状が出現しており、その結果として健康感に乏しく、場合によっては日常生活における仕事や他人との付き合いに影響していることがうかがえる。
男性では日常役割機能(身体)と社会生活機能の正相関が高く(r=0.7538)、女性では心の健康値が全体的健康感、活力、日常役割機能(精神)との間でr=0.8010、r=0.9364、r=0.7212と高い正の相関を認めた。すなわち不妊を主訴とする女性では、総合的健康感はこころの健康に関連する認識と強く結びついていることを示している。一方男性患者ではこの関係は薄く、身体面からみて日常の役割を果たすことが可能であることと社会生活を全うしているとの認識の間に強い関係がある。
(3)国民標準値との比較
図10にQOL尺度の平均値を国民標準値と比較した結果を示した。男性患者においては、心の健康項目が低値を示した以外は、標準値と差はなかった。一方女性患者においては、特に日常役割機能において身体面でも精神面でも低い値を示した。これは社会や家庭生活において日常的な仕事が充分にできていないとの認識を持っているとの特徴を示している。
(4)これからの展開
我々の知る範囲では男性不妊患者の心理特性を研究した論文はない。この研究の中で、不妊を主訴とする男性患者という集団におけるQOL認識は標準的集団とそれほど大きな違いがないことが明らかとなった。一方不妊を主訴とする女性患者においては、男性患者と異なり、高い抑うつ状態にあり、痛みを伴う身体症状から健康感に乏しく、日常生活における仕事や他人との付き合いに影響しているとの認識を持っている。
女性不妊患者が上記のような心理状態にある可能性を認識して医療を行うことは多くの利点がある。一つには不妊患者の診療には夫婦双方の協力が不可欠であり、不妊の原因が男性、女性またはその両方のいずれであったとしても、女性患者との間の信頼関係を構築する上で重要な情報となる。
次には最近の不妊医療の進歩により、不妊カップルの多くが期待通り妊娠、出産、育児の機会を得ることが可能となっている。不妊患者が妊娠した後、出産から育児に向けての心理が非不妊患者と違いがあるのか、またそれは育児に影響する可能性があるか、などの課題を解決する必要がある。最終的には不適切養育に関してリスクを有する妊婦をスクリーニングして、適切な介入方法を発見することが期待される。