平成17年度厚生労働科学研究費補助金 子ども家庭総合研究事業
分担研究報告書

U-(11)

性差を加味した女性健康支援のための科学的根拠の構築と女性外来の確立
「女性の健康とアジアの伝統医療」第一回国際会議報告

研究協力者 長尾 紅子(ユリーカ・ジャポン(有)・代表取締役/千葉県・参与)

研究要旨

性差に基づいた女性医療をおこなう、日本初の女性専用外来が2001年5月に鹿児島大学医学部付属病院に開設されて以来、国公私立病院における女性専用外来の数は2006年1月時点で356を数えるまでに増加した。多くの女性専用外来では、複雑な女性の健康ニーズに答える全人的医療として、あるいは西洋医学のみでは改善しない症状への対処法として、日本の伝統医学である「漢方」を取り入れ、西洋医学との併用が行なわれている。このような女性専用外来における漢方使用の広がりを踏まえ、2005年8月にマレーシアのクアラルンプールにて開催された『女性の健康とアジアの伝統医療 (Women’s Health and Traditional Medicine : WHAT Medicine)』第一回国際会議に参加し、海外の伝統医療の現状と今後の発展について情報を収集し、それにもとづいて日本の女性専用外来における漢方治療と西洋医学の併用の有用性への理解を高めることを目指した。

A. 研究目的

仏教とともに中国から日本に伝来、その後日本独自の発達をとげた漢方医学は、1800年前の文献『金匱要略』からも明らかであるように 、早くから性差の概念をとりいれてきた。また漢方医学は個人単位の医療であることから、性差にもとづいて全人的医療を目指す女性専用外来における医療として必要不可欠なものとなりつつある。現に漢方薬を基本の治療薬として使い、個々の病状に西洋医薬を使うという併用療法が女性専用外来では一般的になり、閉経後の更年期障害の治療には「桂(けい)枝茯苓丸(しぶくりょうがん)」と「加味(かみ)逍遥散(しょうようさん)」が効果をあげている。

欧米では近年、補完・代替医療 (Complementary and Alternative Medicine : CAM) への関心が高まってきており、それに呼応するようにアジア各国(中国、韓国、インド、マレーシアなど)では自国の伝統医療の海外進出への後押しが始まっている。また、2002年に米国国立衛生研究所 (National Institute of Health : NIH) がホルモン補充療法 (Hormone Replacement Therapy : HRT) のリスクに関する研究報告を発表して以来、HRTに代わる更年期障害に対する治療法を模索している米国は、ホットフラッシュ(急に起こるほてりと発汗)に効果のある漢方の複合生薬である「桂(けいし)枝茯苓丸(ぶくりょうがん)」に注目している。

そこでこの研究は、2005年8月23−25日にマレーシアの首都クアラルンプールのクアラルンプール・コンベンションセンターにて「女性のための包括的な健康支援の推進(Promoting Complete Healthcare for Women)」を目指して開催された 『女性の健康とアジアの伝統医療 (Women’s Health and Traditional Medicine: WHAT Medicine) 』 第一回国際会議へ参加、
1/女性の更年期障害の伝統医療による治療の海外における現状の把握、および
2/西洋医学と伝統医療が相互に排他的であるのか、あるいは両立、併用が有効であるのか、という命題に関する情報収集を実施し、それらの結果を女性専用外来の担当医師に向けて発信することを目的としている。

B. 研究方法

2005年8月23日から25日までの3日間、『女性の健康とアジアの伝統医療 (Women’s Health and Traditional Medicine : WHAT Medicine) 』 というテーマで、「女性のための包括的な健康支援の推進(Promoting Complete Healthcare for Women)」を目指した第一回国際会議がマレーシアの首都クアラルンプールにあるクアラルンプール・コンベンションセンターにて開催された。この会議の目的は、アジアにおいて主に女性の手により2000年に渡り実践され伝承されてきた伝統医療を科学的に評価・保存・推進し、さらに伝統医療と西洋医学との併用により、現代社会にふさわしい新たな女性医療確立への第一歩とすることであった。 本研究事業「性差を加味した女性健康支援のための科学的根拠の構築と女性外来の確立」の主任研究者である天野恵子(千葉県衛生研究所長)は日本からのスピーカーとして招待を受け、「日本女性の更年期症状:文化的な差異」のテーマで発表を行った。そこで、研究協力者である長尾は天野に同行、薬草医療による更年期障害治療、および、アジアの伝統医療の現状と展望のニ点に焦点を絞ってマレーシア、インド、中国、イギリス、イタリア、米国からのスピーカーの発表を聞き、それらの内容を報告書にまとめた 。

C.研究結果

『女性の健康とアジアの伝統医療』第一回国際会議における発表からは以下の点が判明した。
女性の更年期障害の伝統医療による治療の海外における現状については、日本の漢方を含むアジアの伝統薬草医療が更年期障害の治療に効果を上げており 、HRTに代わる治療法を模索する欧米の医師や患者に大いなる恩恵をもたらす可能性があることが示唆された。更年期症状はその現れ方や主訴が人種や地域によってかなり異なっており、アジア地域の女性の更年期障害に対して有効な治療法がそのまま欧米の女性に適用できるとは限らない。一例をあげれば、欧米社会では更年期(メノポーズ)を生理の終了という生物学的現象ととらえ、女性ホルモン減少によって起こる症状を更年期障害と定義しているが、欧米以外の国々では更年期症状を老化に伴う社会的変化ととらえ、これを生物学的な変化よりも重要視する傾向が見られる。別の例では、国際的に用いられている Menopause Rating Scale (MRS)(メノポーズ度測定基準)の中に日本人女性の更年期症状の主訴である「疲労感」「肩こり」「冷え症」などが含まれていない。いわゆるメノポーズの症状と呼ばれるものは世界各地に見られるが、それら症状の表現は地域間でかなり異なるため、欧米的・西洋医学的な手法によりそれらすべてを世界共通基準として定量化し客観性を持たせようとするメノポーズ度測定基準には無理がある。更年期 (メノポーズ) は単純に患者の生物医学的症状だけでは計れず、そこに様々な歴史的、文化的、社会的、個人体験的な要素が寄与するため、西洋医学のみによる治療には限界がある。このような更年期障害の治療には、患者を個別化して全人的に扱う伝統医療が効果をあげている。

西洋医学と伝統医療は相互に排他的なものであるのか、あるいは両立・併用が有効であるのかという命題については、これらは相反するものではなく、二つを組み合わせた治療を行うことにより、伝統医療あるいは西洋医学単独での治療より高い治療効果を上げることができる、ということが判明した 。しかしここには次の問題が存在する。アジアの伝統医療が世界的に認識され、受け入られるためには科学的な評価が不可欠であるが、アジアにおける伝統医療は西洋医学と異なり、個別化された全人的な医療であるため定量的評価が難しく、それゆえ現在の生物医学の視点のみに基づいた研究では、伝統医療のもたらす実益を正確に評価することは困難である。またアジアの伝統医療は2000年にわたり治療に使われてきているため、西洋医学におけるエビデンス構築プロセス(作用メカニズムを解明したうえで、動物実験に続いて臨床試験を経て得られた統計的結果を根拠とし、臨床レベルに導入すること)を事後的に適用するのは非現実的である。そこで、エビデンス構築とは対極となるプロセス、すなわち最初に実効があがることが判明している治療があり、その効果を確かめるための臨床試験を経て、実験による作用メカニズムの解明へと到達するプロセスを採用した研究を行うべきであろう。現在の段階では、伝統医療に関しての研究自体が初期段階で十分なエビデンスが集められてはいないが、今後無作為プラセボ比較二重盲検臨床試験を行うことで伝統医療を評価、エビデンスに基づいた西洋医学と、全人的医療である伝統医療の融合をはかり、患者中心のより適切で効果のあがるケアの実現を目指すことが望まれる。

D. 考察

今回の国際会議での各国からの報告を聞いて、現在日本で天野を中心に女性専用外来で行われている治療方法 − 漢方治療を基礎に性差医療のエビデンスに基づいた西洋医学治療を組み合わせる方法 − の効果と適切性が、諸外国における研究によっても同時発生的に証明されつつある、ということが判明した。今後は、国内各地の女性専用外来から集められる症例をデータベース化することにより日本国内レベルでもエビデンスを集積し、女性専用外来における漢方治療の効果と安全性を科学的に検証していく作業が不可欠である。また、西洋医学治療と漢方を組み合わせることにより、従来の医療では対処しきれなかった症状に治療効果をあげることが立証された暁には、西洋医学教育を受けた女性専用外来担当医師に日本の伝統医療(具体的には漢方)を積極的に勉強する機会を提供するため、医師の卒後教育プログラムの中に漢方を組み込むことが肝要である。

E.文献

渡邉賢治: 「漢方の国際化、後進育成から学ぶ」、性差と医療Vol.3 No.4, 2006年4月

 

G.添付資料

長尾紅子執筆、天野恵子監修 女性の健康とアジアの伝統医療 −女性のための包括的な健康支援の推進− 国際会議参加報告 平成17年10月20日