現在、私が所属している健康福祉部は堂本知事の政策のひとつである"性差に基づく医療"を進めている。主旨は"男女がそれぞれにかかえる問題とそれが健康に及ぼす影響を考慮して医療を行う"であるが、その解釈は人によりさまざまである。ともすれば性差医療は女性運動のような社会活動と同一視され、医学とは離れた議論になってしまう。千葉県の男女共同参画条例は関係者の努力に反して成立に至らなかったが、県議会での演説は、演者毎に男女の役割論が異なり議論が平行した。医学的な性差研究はこうした社会活動とは一線を画する学問的なものであり、性差は幅広い病気の病態・病因にアプローチする手段として有力な武器となりうる。欧米では性差を足がかりとした研究報告がなされ、国際学会でもシンポジウムが組まれているが、本邦での盛り上がりはまだ今ひとつである。今回はこうした性差に関する話題を提供したい。
性を決定する遺伝子はXX,XYの性染色体であるが、性ホルモンに関連した遺伝子は多く常染色体に存在し、常染色体と性染色体のバランスにより、私たちの性差は形成される。専門書を読むと、性染色体の"X"と"Y"は最初、大きさが同じであったが、YとX染色体が並びあう減数分裂の際、Y染色体はX染色体との間でDNA交換がされず不活化部分が増加したが、性の違いを維持するために"Y"は"X"と交わらないことが必要であった。Y染色体の機能は進化の過程で限定され、現在のY染色体は、遺伝子の数が減少し(現在300個くらいといわれている)形態的にも萎縮している。一方、X染色体は他の常染色体から染色体部分をもらい形態的にも大きくなり、機能も増加した。こうした進化の過程を考えるとやがて将来的にはY染色体がなくなり、常染色体とX染色体との機能分担により、性差は維持されていくのではないかと考えられている。病気の症状や認識の男女間の違いは、もともとこうした細胞レベルから異なるところに根ざすらしい。
私はこども病院で喘息児を診ていたが、こども病院に入院を要する年少児は圧倒的に男児が多かった。ダニに対する特異IgE陰性の年少児も男児が女児より多かった。小児期喘息が男児に多い原因は諸説あるが、ウイルス感染症への感受性が男児で高いことが、その後の喘息炎症や気道のリモデリングと関係する可能性が大であろうと私は考えている。小児期気管支喘息はダニアレルギーが原因であると一般的に考えられているが、ダニ抗原がどのように喘息病態にかかわるかは不明である。ダニは喘息増悪因子であるが、原因ではないとする説も根強い。喘息発症前のダニアレルゲン濃度と発病との関係は論文により結果がさまざまである。ダニの抗原性は糞中のセリンプロテアーゼに存在すると考えられ、ダニのセリンプロテアーゼは炎症惹起物質(CD23,CD25等)の産生に関与するが、気道のプロテアーゼ阻害剤に対する抑制作用を持ち、プロテアーゼが不活性されないこともダニによる気道障害の一因との指摘がある。獲得免疫の抗体産生能は女児に高いと考えられているが、IgE産生能だけは男性の方が高いと報告されている。
一般的に喘息は年少児では男児が多く、思春期を過ぎると女性に多くなる。小児期には成長発育の過程で肺容量が年齢と共に増加するが、男児では20歳すぎまで肺容量が増加し、女児では早期に肺の成長が止まってしまう。小児から成人までの肺発育の過程で、喘息男児では気道障害が回復するための時間的余裕があるが、女児ではそうした時間がないことが女児の予後の悪さと関係するとの考えがある。本邦でも、年少時は男児に喘息が多いが、年長になると女児の寛解率が低いと報告されている。ドイツでは、年長児の新たな喘息発症は女性が男児より約2倍多い。同じ体型であれば、女児は男児に比べて生涯を通じて肺の容積が少ない。肺が小さいということは気道の長さが短く、呼出の際には有利である。アメリカ胸部疾患学会雑誌の報告によると、女性は男性より効率良く肺を広げることができる。それは女性が妊娠して腹部や胸郭を圧迫されてもそれに適応して、肺胞換気量が確保され、妊娠中の呼吸困難をさけるためのしくみと理解されている。同じ身長補正をしても男性より女性の胸郭は前後径、幅共に小さく、さらに女性の肋骨は体の縦軸に対する角度が小さく(肋骨が対軸に対して寝た状態)、吸気時に肋間筋の収縮が大きく肋骨が持ち上がり男児より肺が開くしくみになっている。横隔膜の短縮は女性が大きく、FRC(自然に息をはいた時)の位置で肺容量1L当り呼気の筋肉の短縮(fractinal
shortening)は女性のほうが49%も多く、さらに肋間筋は女性の方が2.3%長く、fractinal
shorteningは女性の方が31%大きく、FRCの位置で肺容量1L当りの肋間筋の短縮は女性の方が81%おおきいとのことである。
慢性肺疾患(COPD)や喘息において、興味深いのは女性の方が症状を訴えやすく、救急室を受診する回数が多いことである。女性は症状が重症化する前に受診する傾向にあり、一方男性はかなり悪くなってから受診をする傾向にある。救急室を受診したCOPD患者中の高CO2血性は男性の方が高い。女性の肺が小さいことは呼吸困難を感じるとする酸素閾値にも男女間で差があることと関連する可能性があり、女性は早く苦しさを訴えはじめる傾向にある。女性にこうした傾向がある理由として、周りの人たちから病気を理解されたいと願う気持ちは女性の方が強いという社会的要因であるとする説もある。一般的に女性は男性と比較して気道過敏性が高いが、もともと気管支径が狭いことが関係している(女性は男性に比べて体型的に気管支内腔が狭く、さらに刺激に対して縮みやすい状態にあると考えられている)。同じ重症度の慢性肺疾患であれば、女性の方が気道過敏性テストに敏感であり、男性と比べて2倍感受性が高い(アセチルコリンなどの気道収縮剤に対して反応がでやすい)。また咳の閾値も低く、低濃度の咳刺激薬で反応する。Ace
inhibitor(降圧剤)は副作用として咳がでやすくなるが、女性の方がこの薬剤に対して咳の感受性が高い(咳がでやすい)。大気汚染に対する気管支の反応も女性の方がおきやすい。良性、悪性腫瘍の転移性肺病変は女性に多い。増殖性に進行する肺疾患には女性特有のものがある。
次にアメリカ胸部疾患学会性差で2002年に行われた性差に関するシンポジウムでの講演を簡単に記載する。
1)呼吸器疾患と肺機能における性差 ホルツマン先生 男女で呼吸機能の発達に差がある。一般集団の6-16歳の男女を対象に肺機能の発育を追跡していくと、強制肺活量(FVC)は年齢とともに増加していくが、女性の方が早く呼吸機能の発育が停止しFVCが平坦化する。女性の肺機能の発育が止まる年齢になっても、男性の肺機能(FVC)は上昇し続けるので平坦化は女性より遅れる。喘息女性では11-30歳ですでに肺機能の低下が始まるが男性喘息ではこの年齢ではまだ肺機能の低下はみられない。10歳から19歳までの一般集団においてヨーロッパとくらべてアメリカでの喫煙率は減少しているが、女性では吸い始める人が増えている。13-18歳の一般男女を対象に1年ごとに1秒率を追跡すると喫煙者は肺機能が低下していくが、その程度は女子の方が著明である。喫煙開始は女子の方が映画などのまわりからの影響をうけやすい。一度喫煙を開始すると女性の方が禁煙に成功しにくく、再喫煙率も高い。喫煙量と肺機能の低下との関係を調べるといずれの喫煙量においても、肺機能の低下(FEV1の低下)は女性の方が大きい。肺の発育には男女差があり、1ヶ月の乳児において気道過敏性を調べその後6歳になった時の肺機能を検討してみると1ヶ月乳児の気道過敏性の異常は6歳時の肺機能低下にも影響を与えている。この影響は女子の方がはっきりでる。すなわち1ヶ月の時に気道が縮みやすい女児はその後も肺の発育が良くないことを示している。
喘息発作で入院を要する患者数を調べると年少児では男子が多く、11-20歳では男女差は無く、20歳を過ぎると女性が多くなる。女性の方がより症状を訴えることが多く救急室を受診することが多い。さらに2回以上入院を要した人は女性が多く、入院期間も長い。入院中の高二酸化炭素血性もとれにくい。男性の方が入院後の高二酸化炭素血性が改善しやすい。男性では急性期の炎症が強いのに対し、女性では急性期症状というより慢性の変化である喘息のリモデリング(喘息の組織的病変)が進むのではないか。
会場から質疑応答 (問)同じ程度のFEV1の低下でも女性の方が呼吸苦を訴えやすい。月経周期と関係するのではないか? (答え)月経と喘息悪化に関しては、月経前に1/3の患者が悪化し、1/3の患者が改善する。月経前の喘息症状の悪化は治療に反応しにくいことがわかっている。ホルモンバランスにより、水分の蓄積が起こることと関係するものと思われる。
(コメント)各喫煙者ごとにニコチン摂取量あたりのCOレベルを換算してみると女性の方が高い結果が得られた。このことから女性では同じ喫煙量でもたばこ物質の体内への吸収が多く、喫煙効率が高いのではないか。同様にタバコの発癌物質に対しても女性は感受性が高いのではないか?
2)肺がんの性差について パウエル先生 肺がんは男女とも2番目に多いがんである。アメリカで一番多いのは男性では前立腺ガン、女性では乳がんである。(訳者注 この順位はアメリカの場合で日本とは異なる。日本で1番多いものは全年齢を通じて男性では胃がんであるが、女性は年齢により異なり、乳がん、胃がんが多い)。この10年間の肺がん発生状況をみると男性で肺がんは減っているが、女性は不変である。喫煙との関係については、この10年で社会全体の喫煙率は男女とも下がっており、特に男性の喫煙率は下がっている。これは男性では喫煙をやめる人が多いことを示している。しかし高校生での喫煙率は男女とも上昇している。特に女子の喫煙率は上がっている。一度喫煙を開始すると女性の方がやめにくい。喫煙者の中で肺がんになる率を男女で比較すると、女性の発症危険率は男性の1.2倍で有意差である。たばこにはベンゾパイエン、NNKなどの発癌物質があり、発がん物質を分解するベンゾパイエンダイオキシダーゼなどの解毒物質の活性は個人差が大きい。タバコの発癌物質は肺細胞のDNAに直接作用してDNA付加体を形成し遺伝子機能に障害を与える。DNA付加体は分解されると尿中に排出されるが、その量には個人差がある。一般集団のDNA修復能を男女間で比較すると女性は男性に比べて低いことがわかってきた。特に肺ガンになった女性ではDNA修復能が低いとの成績がでている。肺ガン発症と関連が特定されている遺伝子発現が女性に有意に高いとするものがある。肺細胞ではエストロゲン受容体(α、β)は男女共に保有しているが、ピッツバークのグループはPTPCR法でエストロゲン受容体量を男女の肺がん患者間で比較し、女性の肺がん細胞はα、β両受容体が多いことを報告している。こうしたホルモン受容体の数や親和性に男女差があることは、男性より女性にがん感受性が高いことの一部を説明する。GRPR(gastrin
releasing peptide
receptor)はガン増殖に関係する物質であるが、その遺伝子はX染色体上にのっている。女性はXXのホモの遺伝子型であるため、遺伝子産物のGRPRが増加しやすい。GRPRは一般集団の女性で男性より発現が増しているが、特に女性の少量喫煙者で発現が高まっている。
最後に 病気や症状に対する認識に男女間で差がみられることは明らかであるが、薬剤の感受性にも性差がある。その代表的なものは抗不正脈剤であり、女性の方が心臓の脱分極がゆるやかなため副作用がでやすい。X染色体上に存在するGRPR遺伝子とガン発症との関連、性ホルモン受容体の性差などもあきらかになりつつあり、こうした性差による違いを手がかりに今後もさらなる病因解明が進むことが期待される。
(文責:永山洋子) |